もう1人私かいたら、私自身のものを含めて学力論争の言説を相対化して、『どうやって構築され、何を隠蔽したのか』と分析できるわけですよ。
問題の構築のされ方を」今度、『論争.学力崩壊2003』でやりますよ。
「今度は、私は自分が登場人物だったからどうしょうか……」今こうして、やっていらっしゃいますけどね。
「この手法は、政策とか改革論議について考える時の手法として、ある程度しっかりとした裏づけがあるなら有効だなと思いました。
『教育改革の幻想』(Cくま新書、2002年)の中で、審議会の議事録を分析したのも、結局、議論の構図がどこにあって、その中で何か抜け落ちているかを示したかったのです。
もちろんある部分は後知恵だから書ケタ。
議論が出た後からだから、その構図を引き出すことができたわけです。
議論の曖昧さを引き立たせるために、『同時代の中でも、実はこういう批判があった』ということを引き合いに出した。
そういう対立軸を明確にすることによって、議論の構図が見えてくるじゃないですか。
T脇さんとの対談も、実はその応用だったと言っていいのかもしれない。
つまり、人びとの問題認識とか論じ方の構図というものをどうやって社会学的に明らかにするかということを通じて、もし『なんだ、教育改革というのもM科省も裸の王様じゃないか』とわかったら、『まずい』となる。
『議論に何か欠けているか。
どんな対立が隠されているか』というふうにして、議論自体が変わっていく。
後知恵も交えて言ったけれど、本当はそんなふうにきれいにいかないのですよね。
人びとは、こっちだと思ったら、今度は、またその方向に簡単に飛びついてしまうから。
『確かな学力』つて言ったらまたそこに飛びつくわけでしょ。
やっぱりそうなりますよ。
K山英男さんの百マス計算も斎藤孝さんの『声に出して読みたい日本語』(S思社、2001年)もそうだけど、それまでのふわふわした教育改革のムードに問題があると言われた時に、具体的な手法を持ったもの、確かなものに対する一種の揺り戻しがくる。
私か言っているリアリズムとはちょっと違うのだけれど、具体的で、何をすればはっきりしているという意味でのリアリズムが力を持つ。
今ではそっちの流れですよ。
こうやって問題が再構築されていく」『大衆教育社会のゆくえ』の時もずいぶん叩かれたのでしょうか。
「実はあれは、当初の予測とは違って、全然叩かれなかった。
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